FP総研ではどうだろう?

投資について語る際によく話題にのぼるテーマに、「投資と投機はどう違うか」という問題があります。
両者は、将来の利益を求める点と、将来の不確実性を引き受ける点は共通です。
論者によって意見は異なりますし、現実の行動は両者の要素を同時に含むことが多いとも思われます。言葉の問題はある意味では「決め」の問題なのですが、筆者は、(1)投じられた資金の使い道と、(2)引き受ける不確実性の性質に於いて、「投資」と「投機」を区別することが“便利”だと思います。
株式投資や不動産投資のように「投資」の場合、その資金は何らかの実体を持った経済活動・生産活動に投じられます。上場されている株式に投資された資金は、株式を発行している会社に直接渡るわけではありませんが、前の株主の資金提供を肩代わりする形で資金を提供していることになっていますし、株主は会社の一部に対して所有権を持つことになります。
投資に於いては、将来の不確実性を引き受けるかわりに、生産活動の成果を通じて何らかの報いを期待することができる、ということがいえます。
「投資のリスクは、リターンで報われるリスクだ」と理屈の上では考えることが出来ます。
これに対して、「投機」では予想する価格変動に対して有利な賭を保有することだけで十分です。資金は、資本として生産活動に関わることを通じて価値を増大することに使われるよりも、主として証拠金として使われる事が多いでしょう。基本的に、取引の参加者全体ではゼロサムの構造になっているので、投機のリスクは必ずしもリターンで報われることが期待できません。
次に、意思決定の前提となる不確実性の差に着目すると、「投資」は将来の不確実性に対する情報が他の投資家と共通であっても成立する行為なのに対して、「投機」は不確実性に関する取引参加者の意見の差・予想の差に対する賭である点に質的な違いを求めることができます。
「投機は予想の差に賭ける」のです。
例えば、1年間だけの期間で償還される無配当株式を考えて、1年後の償還価格が50円である確率が二分の一、150円である確率が二分の一であることが市場参加者に等しく「分かっている」とします。
この場合に、市場の参加者は将来が不確実であることを勘案して、例えば90円といった株価で合意することが出来ます。
ここでは、リスクに見合ったリターンが得られるような価格が決まると考えられます。
さて、上記の確率が二分の一ずつでなく、例えば50円が0.4と150円が0.6といった情報や判断を持っている参加者がいた場合に、この情報が後から他の参加者に知れたときに株価が例えば95円に値上がりするだろうという期待を持って90円或いは90円よりも高い価格でもこの株式を買うことが起こり得ます。
また、投資対象の将来に関する情報だけでなく、たとえば将来受け取るお金に対する現在の価値が変化するだろうとか、将来が不確実であることに対して求める期待値上がり益が変化するだろう、といった、環境や投資家の変化に関して「予想」が形成されることもあります。

便利ですか。難しいですね。
便利だからと本来の言葉の意味を考えずにというのもちょっと問題な気が‥。